ナッカルビのウラナミ『人類の「ざんねんな」部分は、賢さの裏返し?』

ナッカルビ

ナッカルビ
湘南生まれ、湘南育ち。 夏になると家族と海水浴に行き、ボディボードで少し遊ぶくらい。そんな自分が縁あってサーフレジェンドに入社し、先輩に連れられて初めてSUPに挑戦……したものの、見事に挫折ww 今は仕事と家族優先の毎日ですが、いつかまた海で何かに挑戦できたらいいな…… 家では娘2人の父として奮闘中。よろしくお願いします!

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こんにちは、ナッカルビです。

一昔前、『ざんねんないきもの事典』という児童書がベストセラーになりました。
一生懸命生きているのに、どこかちょっと残念な生き物たちを集めた本で、うちでも子どもと一緒に笑いながら読んだ記憶があります。

あの本を読んでいると、進化って必ずしも「良いことづくめ」じゃないんだな、と感じるんですよね。何かを手に入れると、何かがちょっと残念になる……。

実は、人類も例外ではないのかもしれません。今回は、私たちの「ざんねんな」部分についての話です。


賢さの遺伝子の、あとに続いたもの

2025年8月、オランダのアムステルダム自由大学を中心とする国際研究チームが、専門誌『Cerebral Cortex』に論文を発表しました。

約2,500件の遺伝子研究のデータと、変異が「いつ頃生まれたか」を推定するデータベースを組み合わせ、脳や認知に関わる変異を時間順に並べた研究です。

その結果、脳に関わる変異はゲノムの中でも新しい部類で、しかも年代順に並べると、神経のはたらき → 賢さ(認知)→ 精神疾患のなりやすさ、の順にだんだん新しくなっていく流れが見えたそうです。

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年代の真ん中をとると、認知に関わる変異は約68万年前、精神疾患のなりやすさに関わる変異は約47.5万年前でした。

研究チームは、この結果は「脳の進化と賢さの発達には、脳の不調へのなりやすさという代償が伴ったのかもしれない」という仮説と矛盾しない、と述べています。賢さと心の脆さは、同じ変化の裏表なのかもしれない、ということのようです。

参考:The emergence of genetic variants linked to brain and cognitive traits in human evolution(Cerebral Cortex, 2025)
参考:人類は賢くなるにつれ心が壊れていったようだ(ナゾロジー・日本語解説)


頭の中の、鳴りやまない警報

ここからは、この研究の存在を知って私が思ったことです。

未来を想像できるのは便利ですが、その想像に自分が振り回されてしまうこともありますよね。

先のことを考えられるからこそ、危険に備えたり、明日の段取りを決めたりできる。でも、まだ起きてもいないこと、たぶん起きないことにまで「危ないかも」と心配が膨らんでしまう。

夜、布団に入ってから明日の予定や昼間のちょっとした一言が頭の中をぐるぐる回って眠れない……。まるで、頭の中の警報装置が、休みたいときにも鳴りやまないような感じです。

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考える力は頼もしいのに、うまく休ませられないと厄介でもあるんですよね。

「杞憂に終わる」という言い回しがありますよね。

あの「杞憂」の語源は、中国の古典『列子』に出てくる、天が落ちてこないかと心配するあまり夜も眠れず食事も喉を通らなくなってしまった、杞の国の人の話なんだそうです。

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作り話とはいえ、はるか昔の人にもこの脳の「ざんねんな」部分に心当たりがあったからこそ、こんな話が残ったんでしょうね。杞の国の人も、何十万年も前のご先祖様も、同じように考えすぎて眠れない夜があったのかもと想像すると、なんだか親近感が湧いてきます。


まとめ

もし人類が『ざんねんないきもの事典』に載るとしたら、「賢くなりすぎて、考えなくていいことまで考えてしまう」あたりでしょうか。
でも、それが賢さの裏返しだとしたら、考えすぎるのも悪くない。そう思えれば、ちょっとは気が楽になりませんか?

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大事なのは、警報が鳴りっぱなしにならないように、ときどき脳を休ませてあげること。
私の場合は、海や山をぼーっと眺めているときが、いちばん脳が静かになる気がします。

では、次回もよろしくお願いします。

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