劇場版『鬼滅の刃』で何度も泣いてしまうわけ|MINのウラナミVol.347

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MIN/社畜暦19年/サーフ事業局所属/小笠原父島出身(実は湘南茅ヶ崎うまれ)/波乗り歴は25年以上/サーフィンと海以外の趣味は、仮想通貨、ガジェット、アクアリウムで、社内ではいわゆるオタ寄りな存在(?)
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劇場版『鬼滅の刃』無限列車編 入場者特典

 
こんにちは、劇場版『鬼滅の刃』無限列車編(=鬼滅)を3回観に行ったMINです。

年が明けたばかりだというのに、いきなり昨年の映画の話で誠に恐縮ですが、本年もMINのウラナミをどうぞよろしくお願いいたします。

さて、皆さんは鬼滅を観ましたか?

僕が鬼滅を観た初回は、隣の席に座っていたのが女子中生だったため、おっさんが鼻をすする音なんて聞きたくないだろうと思い、必死で涙をこらえていたため100%楽しむことができませんでした。

そのため、2回目は存分に泣かせてもらおうと、一番遅い上映時間を狙って観に行き複数のシーンで涙し、次はもっと臨場感をと3回目にIMAXシアターで鑑賞してしまいました。

きっと、上映期間中にもう1〜2回くらいは行くと思います。


 
 

鬼滅を観て、泣いてしまうわけ

今さら鬼滅の感想記事なんて読み飽きたと怒られそうですが、とある感想記事を読んだことをきっかけに、僕がなぜ何回も観に行ってしまったのかがスッキリしましたので、今回は敢えて書かせていただくことにしました。

その記事にはこんな一文が書かれていました。

なぜこんなにも多くの人の心を打つのか。煉獄が命をかけてその正義を全うしようとする瞬間、私たちは炭治郎と一緒に「煉獄さん、煉獄さん」とその名を呼びながら涙してしまう。それはおそらく私たちが、常に「鬼にならないか」と誘われるような日々を生きているからだろう。

僕が鬼滅で泣いている理由をうまく言葉に表せなかったはじめのころ、この文を読んで、「あ、そういうことか」とすごく腑に落ちました。

この作品を観て涙する人は、現実社会において今まさに鬼に攻撃されていたり、それに抗おうとしている人、あるいは鬼になってしまおうかと迷っていたり、すでに鬼の世界に足を踏み入れてしまったことを後悔しているような人が多いのではないでしょうか。

映画を観ている最中、自分にはかなわない鬼に対して、煉獄さん(あえて敬称つけさせていただきます)が代わりに戦ってくれているように感じ、いつのまにか煉獄さんを必死で応援している自分に気が付きます。

そして、煉獄さんの言葉が、人らしくあり続けようとする自分を肯定してくれているように感じられ、また鬼と戦う姿に強い勇気を与えられ、そこに素晴らしい映像と声優らの演技が相まって感動が極大に膨らみ涙腺を崩壊させます。

あまりの衝撃と感動で、今ではTVCMで生前の煉獄さんが映るだけで、あるいはLiSAさんの『炎』が耳に入ってくるだけで、涙を抑えられません。

誰もが感動するというわけではないと思いますが、知らずのうちに鬼となっている人が鬼滅を見たとき、感動できるのか疑問に思ってしまうのですが、実際のところどうなのでしょう。あなたの身近にいる鬼はどうですか?
 

 
 

小学生も感動で涙するアニメの良さ

実は、小学4年生の息子が鬼滅を観て、初めて映画で泣きました。「なんかわからないけど、急に涙が出てきた」と言っていました。恐らく息子は、感動して泣くということを初めて体験したのだと思います。

2回目に観たときも泣いたそうです。息子はまだ、「鬼にならないか」と誘われるような社会は経験していないはずなのに、なぜ涙を流すほど感動したのでしょうか。

アニメの良さの一つとして、僕が個人的に思っていることがあります。

正義や勇気、友情、愛情など、現実社会で言葉にするとサムくてドン引きしてしまうような、恥ずかしくてシンプルな台詞をアニメでは登場人物があたりまえのように発します。そのため、言葉が心の奥まですっと入ってきて、実写映画とは違った感動のしかたをするのです。

きっと息子も、煉獄さんや炭治郎らのシンプルで強力な言葉が、頭で理解する前に心に入ってきたことで、涙するほどの感動を覚えたのでしょう。

「アニメなんて……」と思う方もいらっしゃるかと思います。まだ鬼滅? 今さら鬼滅? と思う方もいらっしゃるかと思いますが、まだ観られていない方で少しでも興味を持っていただけましたら、ぜひ一度観ていただけたらなと思います。

ただし気をつけてください。一度観ますと、原作全巻を買いたくなってしまうと思いますので(笑)。
 
 
 
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