【最終回】MINの沿革と皆さまへの感謝|MINのウラナミVol.383

MIN

MIN
MIN/社畜暦26年/サーフ事業局所属/小笠原父島出身(実は湘南茅ヶ崎うまれ)/波乗り歴は35年/サーフィンと海以外の趣味は、暗号資産、STEPN/STEPN GO、ガジェット、アクアリウムで、社内ではいわゆるオタ寄りな存在(?)
過去記事はこちら

当時のサーフレジェンドメンバー

現在のサーフレジェンドメンバー

 
 
こんにちは、MINです。前回のウラナミでお伝えしたように、家族で沖縄へ移住することを決め、サーフレジェンドを退職することになりました。3月7日が最終出勤日ですので、このウラナミが公開されるころには、次の新生活に向けていそいそと準備に取り掛かっていることと思います。

アルバイト時代を含めると26年間勤めてまいりましたが(現在27年目)、MINを応援してくださった皆さま、そして波伝説を応援してくださった皆さまに、心より感謝申し上げます。
 
 

MINの沿革

さて、23年間書き続けてきたMINのウラナミもついに最終回ということで、これまでの特に思い出深い会社でのエピソードを時系列で、いわば「MINの沿革」的な形で書き記そうと思います。

追伸:かなり絞り込んで書き出したものの、思いのほか長くなり、どうしようかと思いましたが、最終回なのでそのまま載せました。お時間のあるときにでも読んでいただけたら幸いです。
 
 

アルバイト入社(1998年9月〜)

東京から南へ1,000kmの小笠原村・父島というド田舎出身のわたしが、湘南に移住し、一人暮らしを始めたのは1998年9月、19歳のころ。知人にサーフレジェンドを紹介され、その場でノートの切れ端に履歴書を書かされ、住所・学歴・資格情報を記入して提出し、翌日から働かせていただくことになりました。

そして、最初の任務が、なぜか「本棚をゼロから作る」ことだったのを覚えています。
 
 

ダイヤルQ2の音声波情報配信(1998年〜)

今の時代、「ダイヤルQ2って知ってる?」と聞いても、30代以下の人はほぼ「知らない」と答えるような、今となっては化石のようなサービスです。現在の『波伝レポ動画』のように、日本全国の波情報を自分たちの生声で録音し、それを固定電話から聴くことができる有料サービスでした。

まるでラジオDJのような業務で、初めて担当するときはとても恥ずかしく、事務所のスタッフ全員に外に出てもらった記憶があります。

一方で、音声を入力した直後、更新を待っていたお客様から一斉に着信が入り、自分が話した情報を多くの方がお金を支払って聴いてくださるのを目の当たりにして、その責任の重さと、サーフリポーターという仕事の面白さを強く感じました。これが、この仕事にのめり込むきっかけになったことを、今でもはっきりと覚えています。

当時のオフィス。音声録音中の様子

当時のオフィス。音声録音中の様子


 
 

『iモード波伝説』の始まり(1999年2月〜)

「ケータイでインターネット? それ必要?」と多くの人が首をかしげるなか、1999年2月にNTTドコモのiモードサービスが開始され、それと同時に『iモード波伝説』がスタートしました。

波情報がデータ化され、ケータイ向けにインターネットで配信された世界初のサービスです。わたしにとってセンセーショナルな出来事で、もう一段深く、この仕事にハマった日でした。このパラダイムシフトの波に初めから携われたことは、とても幸運なことで、人生の転機だったと言えます。
 

FAX波伝説のDX化(2000年〜)

昔、『FAX波伝説』というサービスがあったことをご存じでしょうか。今の『波伝説』という名称は、このFAX配信サービスが発祥です。

当初は手書きした原稿をFAX送信していたそうですが、わたしが働き始めたころには、パソコンで入力するようになっていました。それでも、毎回、波情報や概況を入力し、印刷した紙に切り抜いた天気図を糊で貼り付け、それをFAX送信するという手間のかかる作業でした。

iモード波伝説が始まるのを機に、波情報をデータ管理するようになり、そのデータを利用して、FAX波伝説の原稿の自動作成と一斉送信および顧客管理から請求書発行業務までワンボタンで行えるシステムを、ファイルメーカーというソフトを使って自作しました。

日中はサーフリポーターとしての業務をこなしながら、寝る間も惜しんでリファレンスブックを読み、夜な夜な構築したのを覚えています。これにより、毎日数時間かかっていた業務が数分で完了し、配信コストは大幅に削減、無駄をなくして利益率を倍増させました。当時21歳のわたしにとって、大きな達成感のある仕事でした。

surfreport_sample1
 
 

正社員化(2001年9月〜)

iモード波伝説のスタートをきっかけに、もっと事業に深く関わり、責任ある仕事をしたいと考え、正社員登用を会社にお願いしていましたが、FAX波伝説のDX化(当時はそんな言葉ありませんでしたがw)の功績が認められ、22歳の9月から正社員として働かせていただくことになりました。
 
 

2002年4月『ウラナミ』のスタート(2002年4月〜)

おかげさまで波伝説は順調に会員数を伸ばし、波情報以外にもエンタメコンテンツが欲しいという声が上がるようになりました。その流れのなかで誕生したのが「ウラナミ」です。

初回はわたしが担当したのを覚えています。実は、当初このコラムの名称は『ウラ波伝説』でした。当時のiモードは、一度に通信できるデータ量がたったの5KBだったため、文章も非常に短いものでした。下記が、第一回目のウラナミの原稿です。

MINのウラナミVol.1 本日4/2から新しく『ウラ波伝説』が始まりました!!
コンセプトは、概況やコラムでは伝えきれない波伝説STAFFの内側を少しだけ見せるということ。それだけでなく、各STAFFが持っている波を読むためのマメ知識や裏話、日常の出来事などを少しずつ公開していこうというものです!!
『ウラ波伝説』を通して、少しでも波伝説STAFFを身近に感じていただけたら幸いです!!
今回は初回ということでこのような文章ですが、次回MINの『ウラ波伝説』は、世界初のアーケード型サーフィンゲーム『SOUL SURFER』の実体験レポートをお届けする予定です!!

カタカナがすべて半角になっているのが、いかにも当時のガラケーっぽいですよね(笑)。
2001年ころ?の波伝説メンバー
 

『www.namidensetsu.com』の誕生(2002年夏〜)

2002年9月に『JPSA仙台波伝説プロ』が開催されました。当時、大会結果や様子を知るには、一部の個人サイトに掲載される少数の写真を見るか、後日発刊される月刊誌を待つしかありませんでした。

そこで、リアルタイムに大会の様子を伝えるため、『www.namidensetsu.com』を立ち上げました。

わたしの手作りだったため、決して洗練されたサイトではありませんでしたが、コンテスト開催の一週間前から現地入りし、大会終了まで毎日、撮影した写真や動画をホテルに戻ってすぐに掲載。これを日の出前後・昼前後・夕方の1日3回繰り返しました。NTTドコモから初めて発売されたカメラ付きケータイSH251iを使って、リアルタイムに写真を掲載する企画も実行しました。

SH251で撮影して掲載した当時の写真

SH251で撮影して掲載した当時の写真

かなりの重労働でしたが、日本で初めてリアルタイムにサーフィン大会の様子を見られるサイトとなり、アクセス数は立ち上げ前後で100倍以上に跳ね上がりました。ただ、当初は安価なレンタルサーバーを利用していたため、途中で容量が足りなくなり、現地で大騒ぎしたのを覚えています(笑)。
 
 

『波伝説』と『なみ◯る?』騒動(2003年3月〜)

2003年には、サーフレジェンドの存続を揺るがす大きな問題が発生しました。サイトの所有権を持つパートナー企業と、『波伝説』の商標を持つサーフレジェンドの間でトラブルが起こり、それまでのサイトが突如『なみ◯る?』に変更され、ユーザーの皆さまを大混乱させてしまいました。

わたしたちは、当時17万人の会員がいるなか、ゼロから独自運営の『波伝説』を立ち上げ直しました。収益ゼロのなかで、社員一同倒産覚悟でファンの方々に乗り換えを呼びかけ、何年もかけてなんとかこの危機を乗り越えることができました。

波伝説も、わたし自身も、今があるのは、あのとき協力してくださった多くの方々、そして乗り換えに応じてくださったファンの皆さまのおかげです。当時は大変な混乱とご迷惑をおかけしましたが、心より感謝申し上げます。ありがとうございました。
 
 

『波伝説』のiOSアプリ誕生(2009年9月〜)

今では当たり前のスマートフォンですが、ガラケーからのパラダイムシフトは非常に印象深いものでした。特に、初めてiPhone 3Gを手にしたときの衝撃は忘れられません。

iPhone 3Gの時点ではまだ市場に浸透していませんでしたが、2008年にiPhone 3GSが発売されると、一気に普及。人々はスマホアプリを求めるようになりました。

当時、社内の若手エンジニアが「iPhoneアプリを作ろう!」と声を上げました。しかし、需要は未知数で、なかなか企画が通りませんでした。それでも彼とわたしは何度も提案を繰り返し、最終的に「3か月時間をやるから作ってみろ」とGOサインをもらいました。

そして2009年9月、世界初のiPhone向け波情報アプリ「波伝説サーフィン波情報ナビ」が誕生しました。

app1
 
その後、iPhoneの普及とともに会員数は爆発的に増加し、前述のゼロスタートの危機を完全に乗り越える決め手となりました。さらに、2011年にはAndroid向けアプリ『波伝説サーフィン波情報ナビ for Android』もリリースしました。
 
 

震災・コロナウイルスと、続く困難(2011年〜)

やっとサービスも会社も安定したと思っていた矢先に、2011年3月11日の東日本大震災、そして、およそ10年後の新型コロナウイルスの影響で、大きな打撃を受けました。

しかし、皆さまもご存知のように、波伝説は常に前を向き、波伝レポ動画やスーパーライブ!など、サーファーのためのコンテンツ・サービスを拡充し続け、現在に至ります。
 
 

最後に

波伝説はサーフレジェンドのものですが、わたしにとっては仕事以上の存在でした。立ち上げ当初から携わり、試行錯誤を重ねながら成長してきたこの時間は、かけがえのない宝物です。

これまで応援してくださった会員の皆さま、関係各社の皆さま、そして共に歩んできたスタッフの皆さま、本当にありがとうございました。皆さまの支えがあったからこそ、波伝説はここまで続き、わたしもこの仕事に情熱を注ぎ続けることができました。この場をかりて、心よりお礼申し上げます。

サーフィンは、自然と向き合い、自分と向き合うスポーツ。波の状況は刻々と変わりますが、その変化を楽しみながら、これからも最高の波を追い求めてください。わたしも新しい環境で、新しい波に乗っていきます。

皆さまのサーフィンライフが、これからもより豊かで楽しいものになることを、心から願っています。

またどこかの海でお会いしましょう。
本当に、ありがとうございました。

MINのウラナミバックナンバー

最近の記事

関連する記事