唐澤予報士のウラナミ『男山!』

唐澤予報士

唐澤予報士
唐澤予報士:1991年、沖縄でサーフィンを始める。(スノーボードも開始)  1993年、初めてフルマラソンを完走。1999年、気象予報士資格を取得し登録。現在に至り、一児(娘)の父です。

ピンネシリ

「男山」といっても日本酒ではありません。本当に山の話です!

 

先日、北海道新十津川町で行われた「第23回ピンネシリ登山マラソン大会」に出場してきました。2年連続の出場です。アイヌ語で、ピンネは雄、シリは~の山という意味で、ピンネシリとはまさに「男山」。人々(アイヌ*注)は並んでそびえる二つの山の、低い山を女山(マツネシリ)と呼び、高い山を男山(ピンネシリ)と呼んだとのことです。ピンネシリはその名の通り標高は1100mながらも雄大な山です。(写真右がピンネシリで、左がマツネシリ)

 

このピンネシリ登山マラソンは、ピンネシリの裾野となる新十津川町ふるさと公園イベント広場から山頂までの高低差1030mを森林に囲まれた林道を駆け抜けて往復するフルマラソンです。フルマラソンと1000mの登山を同時に行うといった、まずまず過酷なレースです。昨年に続き、今年もなぜ参加したかというと、自分にとってはこのピンネシリが特別な山だからです。自分が生まれたのは、この新十津川町の隣にある滝川という市で、小学校2年生までは滝川市で育ちました。(その後は、札幌市、大学は沖縄、今は湘南・藤沢と転々とするのですが……。) 滝川市からもこの雄大なピンネシリが眺められます。と言うか、ピンネシリがそびえたっていると表現しても良いくらいです。札幌・沖縄・湘南と住むことになっても、自分の中にある原風景からはピンネシリを外すことができません。

 

自分にとって山とは、祖父母のいた富良野市から眺める富良野岳~旭岳にかけての大雪連峰と、札幌の実家から見える、藻岩山・手稲山・空沼岳といった札幌の山々、今の居住地から見える丹沢連峰と富士山、そしてなによりも「ピンネシリ」なのです。中学校や高校の校歌はほとんど覚えていないのですが、たった一年間しかいなかった小学校の校歌の歌詞にピンネシリがあったのを覚えています。自分にとってピンネシリという山は特別であり、その山を走り、登るということは特別なことなのです。

 

昨年に続き、今年も何とか4時間台で完走することができました。天気が良ければ日本海や100㎞近く離れた札幌の市街地が見えるものの、今回は残念ながら山頂は雲の中となり、視界はほとんどなし。ただし、まだ残雪は見ることができました。山頂の折り返しを挟んでの10㎞で500mの上り下りがあるため、足への負担が大きく、爪先は内出血し、足の筋肉の疲れは通常のフルマラソンの比ではありません。最後の3kmは泣きたくなるほどの辛さで、歩いているのとほとんど変わらないほどの速度でしか走れない状態。やっとゴールしての感想は、達成感やうれしさではなく、「こんな大会二度と出ない!!」です。なんでお金まで払ってこんな過酷な思いをしなければいけないのか……。しかし、数日たち、徐々に足の痛みが和らぎ始めたころには、そんなきつかった思いも薄れ始め、徐々にですが達成感や喜びが芽生え始めてきています。おそらく、来年の春先に案内状が届いたら、ついまた参加応募してしまうんだろうなー。

 

※注 アイヌとはアイヌ語で「人間」を意味する言葉で、もともとは「カムイ」(自然界の全てのものに心があるという精神に基づいて自然を指す呼称)に対する概念としての「人間」という意味であったとされている。

 

最近の記事

関連する記事