(また灯りがともろうとは…)
もう30年くらい前から通い続けた洋食屋さんが横浜の本牧にありました。ちょっとした贅沢の外食のときには丁度良く、食べ盛りだった当時の私が最もお世話になったお店です。
じっくり煮込んだビーフシチューは特に有名で、テレビの取材も頻繁にあるほどでした。週末には遠方からその味を求め、外のベンチに座って順番を待つのが当たり前。まさに行列のできる店だったのです。
看板メニューの他にもハンバーグやカレー、ピザなどの洋食メニューが豊富でどれも美味しいのですが、私は特にハワイアンハンバーグとエスカロップチキンが一押しでした。
お店のオーナーは看板のイラストによく似た60代後半のオジサンと、テキパキとした働きぶりが気持ちのいい40代の姪っ子のコックさんで、お二人とも調理場を主戦場としているので、配膳などはセルフサービスが基本でした。
フォークやナイフの準備から、飲み水とサラダバーの盛り付け、料理の上げ下げからテーブルの拭き掃除までのウェイターの役割を、来店したお客自身がしなければなりません。
その分を味や価格に反映されているのが、観光客のような一見さんではない、私も含めたお馴染みさんには良くわかっていました。財布にもとても優しいのがありがたかったのです。
週末ともなると混みあう店内にはピリピリとした緊張感につつまれます。調理をしながらも皿を洗ったりと二人で切り盛りをされていると、忙しいこともあって愛想はお世辞にもいいとは言えない…状態。ですから馴染めないお客さんは、きっと二度と来ない(来れない)でしょう。(笑)
最初の頃は自分も怒られてしまうのではないかと、ビクビクしながら食べていました。しかしその味に惚れ込んでしまった私は、週一ペースで食べに行くようになりました。平日の比較的空いている時間帯が、やはりゆっくり落ち着けました。
それでも食べないと我慢できない感じは、ちょっとした中毒のようなものでした。さすがに半年も通い詰めると顔も覚えてもらい、そのうち恋人(後に結婚した今の嫁さん)も連れて行くようになりました。クリスマスの時期にはデートでも大活躍。普段のメニューにはない「フルコース料理」を予約して堪能することもできました。
その後も、両親や子供たちも連れて行くようになると、もはや親戚の集まりに欠かせないレストランになっていきました。想い出の節々に必ずこのお店が登場します。
その後、オーナーのオジちゃんが亡くなられてからは姪っ子のオバちゃんが一人で頑張っていたのですが、5年ほど前のある日にお店は閉店となってしまいました。あの料理がもう味わえない…、突然のことでオバちゃんにお礼とお別れが言えなかったことをずっと後悔していました。
ところが先日のこと、杉田方面を車で走っていたら見慣れたイラストのノボリを見かけたのです。
まだオープン前で改装中でしたが、お店の看板をしっかりと確かめました。「もしかして復活なのでは?」
数週間後、お店の様子を外から覗いてみたのですが、厨房で働いているのはお会いしたことがない中年の夫婦でした。「誰だろう? お店の屋号を譲ってもらったのかなあ?」
窓越しに見たメニューもラーメン、チャーハンなどの中華をメインに、洋食も含めた定食が60種類以上もあるようです。どうも料理の系統が少し違う気がします。単に暖簾(のれん)を引き継いだだけかもしれません。
でもここのオジサンはよく見てみると、雰囲気が亡きオーナーに似てなくもない。
あまりに気になったので、
「本牧にあったお店には長いことお世話になったものです。お店の名前がとても懐かしくて…。」
すると「それはありがとうございます。私たちは息子夫婦でして、お店の名前は継がせていただきました。」
そうなのかと合点がいきました。
≪続きは次回≫
Byびっくりハンマー