惚れ惚れする波=メンタワイ・ランスライト Photo by ORE (^^♪
20歳の時に高校時代の友人に誘われて、外房のオンショアグチャの胸肩サイズでデビューしたものの、一度もアウトに出られなかったORE(俺)。ドルフィンスルーなど知らず、また教えてももらえなかった。(涙) そんな苦いサーフィンデビューから43年が過ぎた。
24歳の時に、オフロードバイクの交通事故で左手首骨折と頸椎捻挫で1年間サーフィンすることができなかった。事故の後遺症で両手の力のバランスが崩れて、高校時代にのめり込んだバレーボールのセッターとしての生命が絶たれても諦めがついたが、まだテケテケサーファーであったのにサーフィンだけはどうしても止められなかった。
サーフィンで一番難しいのは“続けること”だと思う。
この43年間で一度もサーフィンを止めたいと思ったことはない。そう、一度も。
仕事を辞める、ダラダラ過ごすのを止める、お金に固執するのを止める、タバコを止める、アルコールを止める、無駄遣いを止める、夕食のご飯を食べるのを止める……サーフィンと共にこの中で止められなかったのはアルコールだけだ。笑笑
それでも人生の最終局面で、サーフィンか酒かと究極の選択を迫られても、決して悩むことはないだろう。
東京五輪サーフィン種目で、カノア五十嵐プロと都築有夢路プロが大活躍してメディアを大いに沸かせたことにより、サーフィンブームが訪れようとしている。
初めてサーフィンスクールに通い始めた人、一時中断していたもののこの機会に復活した人、ロングからミッドレングスへ、ミッドレングスからショートボートへと板を短くして波へのアプローチをアグレッシブにしようとする人、そうしたサーファーの中からお金を多く稼ぐことよりも、また地位や名誉ある職を得るよりも、少しでも多くの時間をサーフィンに費やす人が増えることだろう。
極論を言えば、幸せはお金では買えないけれども、サーフィンを通して幸せを感じることはできる。
これまでのサーフィンライフを通して、国内外に本当に多くの友人を得ることができた。
最近では、スノーボードとフィッシングが加わり、益々交友関係やフィールドは広まるばかりだ。
初動負荷トレーニングにも出会えて、ベースとなる動く身体にも自信が持てているので、これからのサーフィンが楽しみだ。
サーフィンと出会えて本当に幸せだったと思うし、人生を豊かにしてくれたと感謝もしている。そしてこれからもそうありたい。
まだまだアフターコロナを語るには程遠いが、“陽はまた昇る”。
いつか必ず人類はコロナウィルスに打ち勝つはずなので、その日を楽しみに、Keep Surfing!!! (了)