岡崎友子のコラム「ハヤタ・イシイ『巨波への挑戦 』part2」

岡崎 友子

岡崎 友子
オーシャンアスリート&ジャーナリスト
鎌倉出身。16歳でウインドサーフィンを始め、大学に入ってからマウイに通い、90年代にはウエイブ年間ワールドランキング2位など入賞多数。他にスノーボード、カイトサーフィン、サップ、フォイル、ウイングなどでも黎明期から関わり、世界の情報を日本に紹介している。自分が恩恵を受け、常に多くを学んできた自然を大事にしていかなければという危機感から、近年はキッズキャンプや環境活動にも力を入れている。

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世界最大級のビッグウェーブスポットとして知られるポルトガル・ナザレ。

その常識を超えた海に、静岡県御前崎市出身の日本人ウインドサーファー・石井颯太が挑みました。

恐怖と興奮が交錯する極限のチャレンジを、本人の日記とともにお届けします。



ハヤタ ナザレ日記

2月20日

1ヶ月近く待機したのち、雨が止み、晴れた。

風はサイドオフ、4.7mのセールでスタボーサイドオフのコンディション。

波はマストオーバーで、バレルも割れていた。


午後から海に入り、4時間没頭していた。

1ヶ月ほど経った時、兄のタカラはプエルトリコで開催される大会に出るためにナザレを離れたけど、自分はどうしても今回決めたかった。

ここまで待ち続けて乗れずに帰るのだけは嫌だったので、さらにその後3週間くらい待った。


初めて訪れたナザレでの準備で一番大変だったのは、人とのつながりだった。

まずウインドサーフィンをよく知る人もいないし、この場所でウインドで波に乗った人もほとんどいなかった。

そんな環境の中でも、カメラマンのマティウスが信頼できるセーフティーを確保してくれ、細かい相談をしたりコミュニケーションを取ってセットアップしてくれた。

そのおかげでセーフティーたちにもしっかり話が通っていて、いざその日を迎えた時、全てがスムーズに運んだ。

とにかくここまで待ったら、乗れるまではここにいるぞという気持ちだった。



2月27日

その前の日と同じような風が吹き、波はサイズダウンして頭半くらいだったが、予報ではそのあと潮の満ちてくる時間に波も上がってくるようだった。

夕方、波のセットが上がってきた。

セットの三本目、これしかないと決めた。

翌朝が待ちに待った本番だ。



2月28日

朝、快晴。風は20knots、1009pHa、北西から北北西。3.6メートル、15セカンド。

午後に向けて潮が動く予報だった。

風と波が完全にマッチした。

朝から昼にかけては満潮で、午後まで待った。

夕方には潮が引き、丘から見ると爆弾セットが割れていた。


セーフティーとは昼に港で集合した。

トーマス・トラベルサとジェーソン・ポラカウの友人だというセーフティーも、カメラマンを乗せて動くために来てくれていた。

俺はトーマスのセーフティーとチームを組んだ。

彼のおかげで話はとてもスムーズだった。

ジェットスキーをおろし、みんなでアウトに向かうと、ジェットから見る波は丘から見ていた時よりずっと大きかった。

そして波の圧力を直に感じ、ものすごいパワーで緊張した。

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とにかくセットの三本目をねらい、4.2mで出たが、一本目を乗ろうとしたら結構追いかけたけどセールがかなりオーバーだった。

ちゃんとしっかり波に乗れるまで30〜40分くらいかかったが、一本目に乗った時の達成感はたまらなかった。

1ヶ月以上、寒い雨の中ここで待ち続けた焦りや苦悩も、一瞬で消え去るほど嬉しかった。

巨大な三角波のような波で、ピークからバックサイド気味にボトムに降りるスピードは半端なかった。


どれくらい乗っていたのだろうか。

多分セットの波を10本くらい乗って、ジャンプもバックループをメイクした。

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終わったあと、カメラマンのマティアスが「Hat’s off(脱帽だ)」と言ってくれ、彼の期待にも応えられたことが嬉しかった。辛抱強く待ってよかった。

トーマスのナザレでのライディングを見て衝撃を受け、乗りたいと思い続けていたけれど、予想していた通り、御前崎にも似ている波だった。

何より、マティアスをはじめ、セーフティーをしてくれたメンバーがいたからこそ実現できた。

心から彼らに感謝してる。



元々でかい波が好きで、ライダーもビッグウエイブに乗るライダー、リーバイ、ジェソン・ポラコウ、トーマスなんかが好きだ。

また行って、今度はもっと大きな波に乗りたいと思っている。


マティアス:

「マット、行こう。水中から撮ってほしい。他には?」

安全確保のジェットスキー、スポッターを用意し、2月28日(土)、晴天のナザレへ。

地元のスープとエッグサンドを食べ、安全計画を立てて出発。

ロウレンソが安全担当、ジョアンがボート操縦。全員の視線はハヤタへ。

この状況での目標はシンプル――無事にマリーナへ戻ること。

楽しめれば、それはボーナスだ。


ハヤタはほとんど話さず、集中している。

ジェットスキーを海へ入れ、装備を積み込み、ナザレの心臓部である灯台へ向かう。

そこでは自然の力を全身で感じる。崖に打ちつける波の音、岩を抜ける風、重たい白波、漁網、観光客、そして激しく回る風力タービン。

ここで引き返すこともできる――だが、そんな選択肢はない。

強い北風の中、海に出ているのは一人――セッティングを始める日本人のハヤタだけだった。

ハヤタは4.2mのセイルをセットし、特注のQuatroボードに立ち上がる。

彼はこのために来たのだ。勝負は始まった。


最初の一本の後、ハヤタは自信を増し、1時間のセッションを続けた。

何度かの激しいクラッシュに、終わりかと思う場面もあったが、彼は常に乗り切り、巨大な波を避け、適切なタイミングで抜けていった。

ナザレのダブルマスト級の波を一人で乗りこなし、完全に自分の世界に入っていた。


時間が経ち、日が傾き始める。

装備は無事、彼の挑戦も「完了」と言える状態に。

帰港時間の都合で最後に5分延長。もっと続けていればさらに攻めていただろうが、この日は賢く判断し、力強いボトムターンやクラシックなカットバックを見せた。

夕焼けが灯台を照らす中、ハヤタはセイルを片付ける。満足そうな表情だった。

2024年に思い描いたシンプルで大きな夢は、現実になった。

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ハヤタ日記:まとめ

今回のセッションで自分が考えていたこと、とにかく巻かれないことが前提だった。

ジェットで沖まで引っ張ってもらい、4.2mのセールを張って海に出た。

ボードの上に立った瞬間からは、今思うと一瞬の出来事の様だったけれど、その時は時間がゆっくり動いていくのを感じた。

神経が毎秒すり減っていく感覚。

波に置いていかれそうになると、押しつぶされそうなほどの風が吹いていた。すさまじい迫力の波だった。

このセッションは、決して忘れることのない経験を脳裏に刻みこんだ。


ナザレはウインドサーフィンにとって非常に難しい場所です。

水の動きが速く、内側では強いカレントに苦しんだ。

波に乗ると、後ろから山のような波に追いつかれる可能性もあります。

毎回アドレナリン全開のセッションだった。

また機会があれば、ぜひ再び挑戦したい。

もっと大きな波、そしてサイド〜サイドオフのコンディションで乗ってみたい。




今シーズンについて:

今年の夏は、とにかく秋のアロハクラシックにフォーカスしたトレーニングをしたいと思っている。

ヨーロッパには行くかどうかまだわからないが、マウイは早めに入って、アロハでしっかりしたパフォーマンスをして優勝を狙いたい。

その上で、来年の冬もナザレやピアヒのビッグウエイブが来た時に逃さないよう、いろいろ準備をしておこうと思っている。

同時に、日本のウインドサーフィンシーンも発展させたい。

まだまだマイナーだけれど、若者も増えてきて世界に進出しつつある。

その勢いを絶やさず、さらに大きな流れにして、ウインドサーフィンの素晴らしさを広めていく活動もしていきたいと思う。

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