Black friday at Jaws
#2 石井兄弟のジョーズまでの道のり
ここ数年ウインドサーフィンの波乗りでワールドツアーを周り世界のトップと戦いながら活躍中の若手プロ、石井孝良と颯太選手、今シーズンはシリーズ最終戦、一番大きな大会であるアロハクラシック後もマウイに残り、ジョーズに乗れるチャンスを狙っていた。
ブラックフライデースウェルは、これはきっといけるとかなり前から準備をしていつでも出れるようにスタンバイしていた。
マウイに初めてきたのは今22歳の兄孝良選手が16歳の時なので、年齢の割には二人のマウイ歴は長い。
ジョーズで乗りたいという気持ちが強くなり、具体的に何をすればいいか考え始めたのは一年半ほど前のこと。
以来彼らはいろんな人に話を聞き、いいと思えるトレーニングや講習は全て片っ端からやってきた。
ジョーズの波に合うような特別なウインドサーフィンボードもオーダーし、とにかく当日「あーこれやっとけばよかった」と思わずに済むようできる限りのことをしてきた。
ウインドサーフィンの猛練習はもちろんのこと、陸上でのトレーニングなどもジョーズのことを頭に入れたものを多く取り入れてきた。
呼吸法はビッグウェーブサーファーなら誰もがやっていることではあるが、彼らも日常的にブレストレーニングを実践し、息を止めたり、深い呼吸をする練習をしたことが何より波の中で役に立ったらしい。
息を長く止められるようになるだけでなく、常に冷静でいられることに驚くほど効果的で、今は普段の生活にも役立ってるという。
初期からのジョーズのセーフティーチーム「Peahi Hui」のダニエルからは何度も講習を受け、PWCでの動きやコミュニケーションの取り方など、海の中で何度も繰り返し練習させてもらったと同時に、ご褒美のようにトウインでひっぱってもらったり、ジョーズを海側から見て詳しいことを教えてもらったりもできた。
何度も彼から講習を受けることで、彼も石井兄弟のスキルや性格などをしっかり把握し、信頼関係もできた。
そんな中でダニエルは彼らのことを責任もってセーフティーを受け持つ気にもなれたし、意欲的に学ぼうとする彼らを応援する気にもなったのだろう。
かなりのサイズの日に、それほどトウインの経験もない二人を引っ張るのは彼にとってもリスキーなこと、それでも二人のスキルとメンタルを信じ、またそんなダニエルからの信頼に応えるように、兄弟は二人ともいい波をバッチリメイクした。
もう一人、常にアドバイスをくれていたのは日本人で、一番最初にパドルでジョーズの波に乗った井口たかさん。
彼は大工としてマウイで仕事をしている。
以前はジョーズで波に乗るためにありとあらゆるトレーニングをし、常に波チェックを欠かさなかった。
たかさんにとって何より大変だったのは、仲間がいなかったことだったと言う。
兄弟がコンビでできることを一番のアドバンテージ、信頼できる仲間が横にいるのはものすごく心強いし、それが兄弟であれば尚更、自分もそういう仲間が欲しかったといいながら彼がやってきたトレーニング方法を色々伝授し、一緒に連れて行ってくれていた。
海で息を長く止める方法、呼吸法、そしてジョーズで気をつけること、後ろからのスープに持ち堪えられるように足腰を鍛える方法、そして絶対に必要な水泳やパドル力、全てはその場でパニックにならないためのトレーニングでもあった。
ウインドサーフィンからの観点を知るためには、ウインドでもジョーズに乗るゼイン・シュワイツアーのところにも行った。
わざわざオアフにまで飛んでBWRAGにも参加。
そこでも熱心さにスタッフたちから評価され、多くのレジェンドたちにわざわざ紹介してもらえ、いろんなことに誘ってもらえたらしい。
ローカルでなくてもジョーズで波に乗ると言う目標に向かって頑張っているサーファーを見れば、それがどれだけ大変なことかみんな分かっているので、本気でやっていれば応援してくれる。
お金も時間もスキルも努力もとにかくたくさん必要で、その中で諦めずに続けるのが本当に大変だからだ。
ただ大変なトレーニングの数々だけれど、石井兄弟はそれを全て楽しんでやっているようにも見える。
新しいことになんでも興味津々で、それができるようになるとジョーズにいかに役立つかがイメージできるとさらに楽しくなるらしい。
そんなわけでウインドサーフィンも誰よりも熱心に練習している彼らだが、週三回はジムに通い、ウインドサーフィンができない日にもぼんやり過ごすのではなく、自分たちで考えてヒルクライムや潜り、水中で石を持ってランニングしたりとにかく常に動き回ってきた。
「とにかくこの1年間は常に頭のどこかにジョーズがある状態で過ごしていました。マウイにいなくてもこれはジョーズに出た時のためになると思うことをやっていたり、特にブレストレーニングはいつもやっていて、たとえば皿洗いをしながら息止めて何枚皿を洗えるかで競争したりとか、普段の生活の中にも遊び感覚でトレーニングを入れたりしてました。」
「日本でも台風でぐっちゃぐちゃの海の中(御前崎は台風になると本当に手につけられないほどの状態になる)わざと長めのサーフボードで出て行ったり泳いだりしてハードの海の中で冷静でいられるように自分でいろいろ考えてトライしてました。」
「もちろんワールドツアーを周りながらで、ワールドチャンプを目指して頑張ってるので小波でもオンショアでもなんでもウインドサーフィンの練習は欠かせないけれど、今回ジョーズに出てみてやはりオールラウンドにウインドの技術、咄嗟の判断力が大事なこともわかりました。」
「ジョーズだけやってたら年に数回しか練習できないですけど、いろんな場面でいろんな形でその準備は自分の中で思いつく限りやれてきたと思いますし、何よりイメージができてた。自分では実際に行ってみるまでわからなかったんですけど、行ってみたらイメージがしっかりできてて波や風を見て、自分がそこで乗れる!ってはっきり思えたし、イメージができたから、もう船の上で、早く出たくてうずうずしてました。」
そんな1年間の全ての準備が実を結んだ。ブラックフライデーに石井兄弟は二人でその実感を共有することができたのだ。