9/13 Osaka Day

Naoya Kimoto

Naoya Kimoto
サーフィンフォトグラフ界の巨匠、重厚なショットが魅力のKINこと木本直哉。 16才でサーフィンを覚え、20才からサーフィンフォトグラフィーの道を歩みだす。1981年から冬のハワイノースショアに通いだし、現在も最前線で活躍中。

img246

Genki Horiguchi @ Haruka  Nanki  Wakayama  Japan  2005

 

ビッグウエイブフィーバー・第2弾は南紀・ハルカ編。

今季ハルカが覚醒したのは4度で、

6月の台風5号(自分は南アフリカトリップ中)、7月の台風8号、

そして先月取材を行った8月21日の台風19号、

そして前回の台風で高知・足摺にて撮影していた同じ日・9月3日の台風21号だったと言う。

日本のビッグウエイブスポットが覚醒することは一年を通して見ても稀なことで、

今季はまさにタイフーンラッシュ・豊作の年だったと言えよう。

1990年・ゲンキ君によって開拓されたハルカポイントも3ディケイドに渡って、

セッションが繰り返されて来た。

カレンズの様なショルダーは張らず、足摺の様に瀬が広くなく、

ショットガンの様にトリプルアップすることがなく、

ワイメアベイの様にブレイクする場所が同じで、

どれだけそそり立つか、どれだけティックになるか、どれだけホローするか、

と言ったタックシャープなビッグウエイブスポットと言える。

10フットを超えるとインサイドの棚が持たなくなり、

そこからはインサイドハルカとは別物のアウトサイドハルカが出現してくる。

アウトサイドハルカは足摺にも似たワイドなブレイクで瀬も広く、

どれだけでかい波に持ちこたえるのか想像がつかない。

アウトサイドはレフトもあり、ショルダーが張って、

そのままインサイドのピークに向かっていき、

ライトはディープチャンネルへのブレイクとなる。

ゲンキ君はインサイドハルカもさることながら、

アウトサイドハルカも意識しての板作りをし、体作りも行っている。

岸からパドルして、波に乗り、岸に帰ってくる。

を、サーフィンの信念・理念とし、

いつの日か来る”ザデイ”を待ちわびている。

 

 

 

 

_IN_0007-2 _IN_9927Shinpei Horiguchi with His father Genki

 

まさに南紀・ワイルドコーストの荒波に揉まれ育ったホリグチシンペイは、

一歳の時から両親にハワイへ連れてこられ、ノースショアは第二の故郷とも言える場所となった。

幼少の頃からサンセットショア、サンセットポイント、そしてサンセットビーチへと

まさにノースショアボーイズが辿る道を、お父さんと共にパドルアウトして行った。

やがて10オーバーのサンセットウエストピーク、そして15歳の若さでワイメアも経験し、

日本人としてビッグウエイブシーンにおいては異彩を放った存在にまで成長して行った。

そんなシンペイにとって、父・ゲンキ君、そして地元ハルカポイントの影響は計り知れない。

 

 

 

 

 

img250Munetoyo Tanaka

 

数多くのプロサーファーをハルカに連れていきセッションを重ねていった中でも、

阪南出身徳島在住のタナカムネトヨのサイコチャージは今も忘れることができない。

かつてノースショアで、左(レフト)のワキタ、右(ライト)のムネトヨ、

と呼ばれた時代があったほど、彼のゴーフォーイットは鬼気迫るものだったと言える。

 

 

 

 

 

_KK44714Kiyoshi Kaneda

 

シンペイがハワイに移住し、ムネトヨも家庭を持ち四国からあまり出なくなったが、

今も大阪から足繁く南紀・ハルカに通うサーファーの一人にカネダキヨシがいる。

シンペイと同期でビッグウエイブシーンでは切磋琢磨していたキヨシだったが、

2年前の日本海で瀕死の重傷を負い、今もリハビリ生活を強いられているが、

先の台風19号では居ても立っても居られなくなり、やや無謀とも思えるパドルアウト、

そしてこの波と2本のワイプアウトの3本だけ乗って上がっていった。

ハルカのピークに戻るべく、キヨシのリハビリはまだまだ続く、、、

 

 

 

 

NKK55961@ Haruka

 

 

2011年7月18日、ハルカポイントでの一日を振り返ってみたい。

前日はワイルドピークで6~8フィートくらい、まだハルカはやっとブレイクする程度だった。

天気も良く、風も緩く、本当に明日立つのかなとさえ思う程まだ穏やかな南紀だった。

しかし夜になると天気は一変、突然激しい雨が降り出し、風もゴウ~~と唸り出してきた。

今回の台風は勢力が大きく、スピードも遅かったので、グランドスエルが先に到着し、

久々晴れた風の緩いハルカを期待していたが、やっぱストームサーフは避けられなくなってきた。

翌朝起きると、雨はジャージャー風はビュービュー、、、、

まあいつものことだけど、この天気、雰囲気にはテンションが下がってしまう。

現場(ハルカ)に着くと、昨日から状況は一転、大炸裂~~~

セットが来ると沖は真っ白なスープまみれ、、、ヒエ~~~~!

ダークグレーの厚い雲、時折前も見えなくなる程の大雨、しかし波はゴーインオフ、

風もまだ朝一はそれほど強くなく、キヨシがトップを切って入って行った。

ハルカを出て行くにはタイトな磯の間をうまく縫ってパドルアウトしなければならず、

特に波がでかいとルートがわかりにくく、タイミングが合わなければ、

シャープなロックに叩き付けられるか、ヘビーウオーターに阻まれ、

いつまでたっても沖に出れない事もある。

2年前のセッションの時、サーファーはともかく俺はカメラを持っているのと、

ボディボードののろさでは到底出れない、リスクを負い過ぎだと察知し、

もう一つの湾口から40分以上もかけて安全にゲッティングアウトしたこともあったほどだ。

特に今回はハワイでの首骨折アクシデント以来の初の水中となるので、

いつもは先頭切ってゴーアウトする自分だが、かなりナーバスになっていた。

そんなこともあり前日からこのポイントの開拓者であるゲンキ君に、

ジェットアシストをお願いしていた。

結局、ジェットスキーは当日の朝8時以降にきてくれることになり、

俺等は風の良いうちに先にパドルアウトすることにした。

ハウジングにカメラを入れるのも、ダブのシーガル(俺の仕事着)に足を通すのも、

これだけのビッグウエイブに出て行くのも、実に4ヶ月ぶりのこと。

なまった体、回らない首、全てが不安だったが、

シンペイに付き添ってもらい(介護か?)何とかアウトに出れた。

いつものチャンネルに身を置きラインアップを望むと、やっぱり強烈なパッションが蘇ってきた。

シンペイが、キヨシが、ローカルが、次々と巨大な波に挑んで行く。

今回の様なストロングタイフーンの場合、俺はビッグウエイブにフォーカスを置く様にしている。

つまり河口が良くてもすぐにクローズアウトしてしまう。

その先にあるのはリーフブレイクなのだ。

それも超ド級の大波に耐えれるビッグウエイブスポットが、年に数回だけ覚醒するときなのだ。

正直首のこともあり、フィッシュアイで波間を泳ぐ事はまだ無理。

ボディボードに乗り、チャンネルに浮かんでるくらいならできるかなっていうこともあって、

今回ハルカに照準を合わせた訳だ。

そうこうしてるうちにジェットスキーが来てくれ、マシンの力を駆使し、

また違ったアングルのハルカを切り撮る事が出来た。

風は強くなり、チョップも激しくなってきた。

雨も降ったり止んだりと、目まぐるしく天候が変わって来る。

やがて慣れないビッグウエイブセッションの中、

ジェットアシストをしてくれていたドライバーの方が船酔いしてしまい、俺は再び水中に戻った。

潮も干き出し、ダブルアップも激しくなり、

サーフィンすろコンディションがかなりハードになってきたので、

今度はゲンキ君付き添い(介護??)の元、岸に向いてパドルバックし始めた。

すると一度上がっていたシンペイとキヨシが再びゲッティングアウトしてきた。

すっかり終了モードだったが気を入れ直して、ハーフウエイからまた沖に出て行ったが、

やはり波はもうアンタッチャブルに変化し、二人はヘビーワイプアウトを期にすぐあがっていった。

ゲンキ君も俺に付き合ってくれ再び沖に来るも、

えぐいダブルアップの波を喰らってしまい、もう完全戦意喪失状態。

皆で嵐の中を戻って行くが、実はこのゲッティングインが一番うっとうしい。

潮が干き、例の磯がむっきり露出し、

その間の溝に水が乗っかっているときにしか入り込めないのだ。

セットの時はスープがその磯目掛けて襲いかかり、止むと岩が出る。

丁度その間にタイミング良く抜け切らなければならないのだ。

ゲンキ君がタイミングを見てくれ、今や~と言ってくれるが、

ガンとボディボードのスピードが違う。

更に沖出しカレントに逆流したりと、なかなか安全地帯に入れニャイ!

やがてアウトにどでかいセットが見え、これが来る前に何とかしなきゃと、

猛キック、猛パドルでようやく手前の水たまりのエリアに回避できた。

後ろを振り返ると、

さっきいた磯のあたりはもうもみくちゃホワイトウオーター地獄と化していた~~~

波は刻一刻とサイズアップし、風もテイクオフ不可能なほど吹き捲くり、

潮もどんどん干いてきたので一旦退却し、夕方の満ち込みを待つ事にした。

遅い昼飯を食って、少し休憩をとり、再び午後4時頃からハルカチェックに向かった。

相変わらずの風だが、波はもうガンガンアウトで割れ出し、

15フィートプラスのマンモスセットが来るまでになっていた。

アウトサイドハルカは棚がワイドで、パドルでは捕えにくいポイントで、

シャープなインサイドハルカとはまた別物のトウインカインドのビッグウエイブスポットだ。

ジェット環境もまだ整って無くアウトを攻めるのは無理、

インサイドはワイルドなダブルアップしすぎ、

そして何よりもスーパーウインディというわけで、夕方セッションは諦め、

今回のハルカセッションに幕を閉じた。

ここを見つけ幾度となくハルカをサーフしてきたゲンキ君にして、

今回ほど乗りにくいコンディションも初めてだと言わせた今回のタイフーンスエル。

また大きな課題を残し、次へのステップを待ち望んでいるかのように、

嵐の中のハルカは神々しいラインアップを魅せつけていた。

 

 

 

 

_KK44736 A63I6881 NKK55764@ Haruka  Nanki  Wakayama  2018/8/21

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最近の記事

関連する記事